このバンドはトルコの美しい街イスタンブールで誕生しました。セリム オズトゥルク(Selim Ozturk)とメフメット セノル シシリ(Mehmet Senol Sisli)が長年の夢を実現しようとカーゴ(Kargo)を結成したのです。トルコ音楽業界はポップ系の音楽が主流でしたがカーゴ(Kargo)は最初のアルバムであるシル バシュタン(Sil Bastan)によりその定説を打ち破りました。多くのバンド同様セリムとメフメットは口論となりカーゴに新しいメンバーを見つけなければならなくなりました。これによりカーゴに加わった新しいメンバーがメフメットの大学時代の友人であるアイクット チェリコズ(Aykut Celikoz)の弟セルカン チェリコズ(Serkan Celikoz)でした。彼は音楽学校の学生でありキーボードやギター、バイオリン、バス-ン、コントラバスなどいろいろな楽器を演奏することができたので完璧なる人選でした。その後ブラック カラタシュ(Burak Karatas)がドラマーとしてカーゴに参加したためあとはボーカルを探すみとなりました。バーで歌っているコライ ジャンデミール(Koray Candemir)を見たほかのメンバーは彼に魅力を感じボーカルとしてメンバーに参加するようにと誘いました。そして彼がメンバーに加わり、カーゴはヤールナ ネ カルドゥ(Yarina Ne Kaldi)という1996年に大ヒットとなったアルバムを製作しました。そのアルバムに収められていたユズレシュメ(Yuzlesme)がシングル カットされ、純粋なロックであったにもかかわらずトップチャートに踊り出ました。カーゴはトルコ音楽業界においてロックグループであっても成功するということを証明したのです。1997年にカーゴは2番目のアルバム、セヴメック ゾール(Sevmek Zor)を発表しました。このアルバムは愛し合う関係でありながら起こるいろいろな感情を歌ったものです。どの曲も純粋さ、裏切り、悲しみ、罪、距離、希望、容認、痛みなどをテーマとしていました。ツアー構成が失敗したことによりおこった数々の問題がカーゴをつらい状態に導きました。彼らは次のアルバム、ヤルヌズルック メヴシミ(Yalnizlik Mevsimi)の中でその怒りを表現しました。ヤルヌズルック メヴシミの中で歌われる全ての曲は孤独であることの長いストーリーを書いたものでした。それはすぐに多くのカーゴファンのお気に入りのアルバムとなりました。2000年にカーゴは5番目のアルバム、セン ビル メレクシン(Sen Bir Meleksin)をリリースしました。セン ビル メレクシンは前のアルバム、ヤルヌズルック メヴシミと比べるとソフトでアコースティックなものでした。このアルバムはイージー リスニングとして完璧であったためカーゴは年配の人々からも多くの支持を受けました。セン ビル メレクシンのあと、カーゴは個人的計画を進めるために活動休止を決めました。彼らはその前にベスト オフ(Best Of)アルバムをリリースしました。カーゴのボーカルコライ ジャンデミールは最初のソロアルバム、サーデ(Sade)をリリース、セリムとセルカンは他のアーティスト達のために多くのプロデュースの成功を収めました。2003年になり再びカーゴとして新しいアルバムをリリースすることを決めましたが、バス奏者メフメット セノル シシリは参加せず、他のメンバーのみで7番目のアルバム製作に入り2004年5月にアテシュ ヴェ ス(Ates ve Su)をリリースしました。